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幕末における激動の波を越えて「三井」の今の基盤を築いた人物であり、また近代における大数寄者であった益田孝(鈍翁)は、自己の膨大なコレクションを整理する傍ら、お抱えの職人たちによってその写しを造らせました。この萩野庄兵衛(嵩山)も鈍翁のお抱え職人の一人。
この作品は古墨を漆で再現した技法で、江戸時代の名工・小川破笠が得意としたもの。これも恐らく本歌を鈍翁が入手し、それを写させたものでしょう。
墨の角の欠けやその慣れ。また内部の唐漆のキズやそのひび割れの下から覗く朱色の漆など、本歌を見事に再現している技術には驚きます。破笠自身がこうした漆による古物の再現の名手でありましたが、破笠より後世の職人がその作意を見事に倣っているところにこの作品の魅力があると思います。鈍翁もその本歌に途絶えさせてはならない技術を見出したからこそ、この写しを造らせたのに違いないでしょう。
蓋甲面の文様は、易経の六十四卦のうち『革卦(かくか)』になぞらえたもので、『変革』を表わす図柄だそう。その内容には「君子は豹のように美しく変わる」とあり、君子にふさわしい人物は時代に応じて自分の誤りを素直に認めて常に自己改革する、という意味があるようです。
香合の底も本歌同様に、「君子豹変/其文蔚也」の出典語と、「享保五歳庚子春日/笠翁製(印)」の銘が再現されている。
共箱の蓋には「墨 香函」の題字と「大正丙寅(鈍翁花押)/嵩山造(印)」とあります。
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